偶然の出会いで満ちた、
夜までの一日
大きな行列の外側で、
世界はもっと深く待っていた。
「人気のパビリオンには入れなかったね」。帰りの電車のなかで、誰かがそう呟いた。確かに、抽選も並びも、その日はあまりうまくいかなかった。それでも、ポケットに残った数枚のスタンプと、いくつもの偶然の景色は、不思議と「今日は良い日だった」と言わせてくれた。並ばないと決めた朝から、屋根の灯りが灯る夜まで、ある一日を時系列で記録する。
並ばないと決めた朝、
屋根の下が広場に変わった。
ゲートを入ってすぐ気づいたのは、人気館の予約が予想通り全部埋まっていたこと。落胆するより先に、今日は「歩いて見つける一日」にしようと決めた。
大屋根リングの下は、ただの通路ではなかった。木組みの梁の隙間から落ちる光、立ち止まって地図を広げる人、ミストを浴びて涼む親子。屋根は来場者を雨と日差しから守るだけでなく、休息の広場でもあった。


コモンズで、世界が
肩を並べて立っていた。
予約が要らない場所が、実はいちばん面白かった。複数の国がひとつの建物に同居する「コモンズ館」は、廊下を一本曲がるごとに別の国が現れる、世界一周のような体験だった。
チャドのブースは、たぶん万博でいちばん簡素な展示だった。パネルが数枚と、スタンプ台が一つ。常駐の説明スタッフもいない。それでも、そのストイックさが妙に印象に残る。「派手な映像で語らない」のも、一つの主張なんだと思う。ボリビアのカウンターでは、標高3,500mの土地で育った赤ワインがずらりと並び、ラマの小さなフィギュアと一緒に売られていた。スタッフに国旗の色の意味を尋ねたら、20分の立ち話になった。
そして角を曲がった先のウルグアイのスペース。誰の予告もなく、突然弦楽四重奏が始まった。バイオリンの音が天井に反響して、通りすがりの人がスマホを手に立ち止まる。観客は十人足らずだったけれど、その瞬間、コモンズの白い廊下は、間違いなく小さなコンサートホールだった。




大きな館は、その国を「見せる」場所。小さな館は、その国に「会わせてくれる」場所だった。
未来の研究室が、
ふと開いていた。
コモンズで世界を一周したあとに向かったのは、いわゆる「未来系」のパビリオン群だった。期待していたのはSF的な演出だったのに、実際に見たのは、ガラス越しに「大学の研究室がそのまま出張してきた」ような光景だった。
純国産の量子コンピュータの展示は、専門用語をなるべく使わずに「重ね合わせ」を絵で説明していて、隣にいた小学生が一番夢中になっていた。大阪ヘルスケアパビリオンでは、iPS細胞から作られた心筋シートが、淡い光の中で展示されている。


写真展で、
世界の「今」を立ち止まって読む。
万博は「未来」を語る場だと思われがちだけれど、実は「現在」をいちばん突きつけてくる場所でもあった。国連のブースで開催されていた写真展「Through Her Lens — Women Rising for Peace」では、紛争地で生きる女性たちのポートレートが、淡々と並んでいた。
音響演出も派手な映像もない。プリントされた一枚一枚の写真と、短いキャプションだけ。人だかりは少なかったけれど、そこを通り抜けるのに、誰もが必ず一度は立ち止まっていた。
別の館のミティラー・アート・ギャラリー、モーリタニアの砂漠を3面パノラマで映し出すコーナー。展示は派手さこそ違うけれど、共通して「派手な技術より、内容で勝負する」覚悟がにじんでいた。




雨と、行列と、それでも進む列。
夕方、強い雨雲が会場に近づいてきて、ステージのスケジュールが繰り上がった。U-NEXT MUSIC FES の張り紙が無造作にフェンスに貼られて、誰かが慌てて写真を撮っていく。
雨でも、公式ストア前の列はびくともしなかった。傘の海が屋根のように広がり、その下で来場者は黙々と進んでいく。万博のお土産は、思い出を「持ち帰れる形」にする装置でもあるんだな、と思った。


夜になると、
万博は遊園地に変わった。
陽が落ちた瞬間、会場は別の顔を見せた。昼間は気にも留めなかった建築のファサードに、光のグラデーションが走り出す。TechWorld の白い壁面に投影される映像、XD HALL 前にどっしりと座るモンスター造形、ピクセルアートで未来都市を表現したインタラクティブテーブル。
夜は、行列も、ようやく緩んでくる時間でもあった。日中入れなかった大型館に、滑り込むようにして入れた。中身を語るのは野暮なので一言だけ。「並ばなくて良かった」と「並んででも見れば良かった」が、ちゃんと半分ずつあった。



夜の万博は、来場者を「観客」から「住民」に変える時間だった。
最後は、屋根の下のごはんで
世界一周を締めくくる。
閉場の少し前。歩き疲れた足を引きずって、フードコートに戻った。ガラス越しのインドカレー店では、ナンを焼く炎が見える。隣のタイ料理ブースは、テレビモニターの料理動画と、揚げ物の油の匂いで、夢洲を一瞬バンコクの市場に変えていた。
一日かけて見たものを、片手のナンで噛みしめる。これが万博だなあ、と思った。「世界を見る」じゃなくて、「世界を食べる」「世界に話しかけられる」「世界と並んで疲れる」。並ばないと決めた朝の判断は、たぶん間違っていなかった。


「並ばない万博」も、
ちゃんと万博だった。
もう万博は終わってしまったけれど、あの日、屋根の下で偶然出会った景色は、たぶん予約で押さえた大型館より長く記憶に残る。次にこの規模の博覧会が日本に来るのはいつになるか分からない。それまでに、この記録が、誰かの「過ごし方」のヒントになればうれしい。
あの一日の、全部の景色。
朝の屋根下から、夜のTechWorldまで。本文で語りきれなかった寄り道も含めて、時系列で残しておきます。タップ/クリックで拡大できます。
日が落ちると、TechWorld の白い壁面に光のグラデーションが走った。同じ建物が、昼と夜でまったく別の表情になる。
西側ゲートから入って最初に出会う、大屋根リング下のベンチ。木組みの隙間から落ちる光が、通路を休息の広場に変えていた。
リング下から見上げた日本館の赤いドーム。当日予約は開門前後にすぐ埋まる、列の絶えない人気館。
コモンズ館のチャドブース。パネル数枚とスタンプ台ひとつ、たぶん万博でいちばん簡素な展示だった。
ボリビアブースのカウンター。標高3,500mで育った赤ワインと、ラマの小さなフィギュアが並んでいた。
ウルグアイのスペースで、なんの予告もなく始まった弦楽四重奏。コモンズの白い廊下が、そのまま小さなコンサートホールに変わった。
日が傾く頃の屋外ステージ。背後のスクリーンに映る夕景と、生演奏が重なり合う数十分。
未来系パビリオンに展示された純国産の量子コンピュータ。「重ね合わせ」を絵で説明したパネルに、隣にいた小学生がいちばん夢中になっていた。
大阪ヘルスケアパビリオンの目玉、iPS細胞から作られた心筋シート。淡い光のなかで、ガラス越しに静かに展示されていた。
会場各所のサテライトステージ。観覧自由・座席は早い者勝ちで、各分野の専門家が交代で登壇していた。
リング下の休憩ゾーン。ミスト扇風機の周りで子どもたちが涼み、その奥では電気自動車の体験展示が来場者を迎えていた。
コモンズ館内のモーリタニア展示。砂漠と大西洋の海岸線を3面パノラマで映し出す、簡素だが力のあるコーナー。
インドのミティラー・アート・ギャラリー。村の女性たちが描き継いできた伝統絵画が、白い壁に静かに並んでいた。
国連ブースの写真展「Through Her Lens — Women Rising for Peace」のサイン。紛争地で生きる女性たちのポートレートが、淡々と展示されていた。
コモンズ館の中の地域文化展示。廊下を一本曲がるごとに別の国が現れる、まるで小さな世界一周。
予約締切を告げる黒い案内サイン。お昼を過ぎると、当日予約も整理券もだいたい締め切られる。
雨の公式ストア前。傘の海が屋根のように広がり、その下を来場者が黙々と進んでいく。
U-NEXT MUSIC FES の急ぎ書きの張り紙。夕立で時間が繰り上がり、フェンスにテープで貼り出されていた。
夜の館内に置かれたインタラクティブテーブル。ピクセルアートで描かれた未来都市が、来場者の指先で動き出す。
XD HALL の前にどっしりと座るモンスター造形。夜の照明が、昼間とはまったく別の表情を引き出していた。
閉場前、屋根下のフードコートに戻って覗き込んだインドカレー店。ガラス越しにナンを焼く炎が見える。
隣接するタイ料理ブース。揚げ物の油の匂いとモニターの料理動画が、夢洲を一瞬バンコクの市場に変えていた。
夜の通路に並ぶ健康関連プロダクトのバナー。一日の最後、灯りに照らされた静かな景色。