大阪・関西万博
ペルー・ナショナルデー
情熱の音楽と舞踊に包まれた、
夢洲が「世界」になった一日を振り返る。
2025年8月9日。真夏の太陽が照りつける夢洲で、ひときわ熱い熱気に包まれた場所がありました。この日は、南米の至宝・ペルー共和国の「ナショナルデー」。式典にはペルー共和国大統領も来場し、日本との友好を象徴する歴史的な一日となりました。
Republic of
ペルー共和国
9°S 75°W
Location
南アメリカ西岸
Pacific Coast
夢洲に吹いた、アンデスの風。
午前中に行われた公式式典から夜の興奮冷めやらぬフィナーレまで、万博会場は完全にペルー色に染まりました。大屋根リングの下を鮮やかな民族衣装が練り歩き、ナショナルデーホールからは魂を揺さぶるリズムが漏れ聞こえてくる。それは単なるイベントを超えた、文化と情熱の爆発でした。
Tony & Mimy Succar
魂を繋ぐ親子の共演
「言葉の壁なんて、最初からなかった。」
そう確信させるほど圧倒的なパフォーマンスが、そこにはありました。
この日のメインを飾ったのは、現在進行形のラテン音楽シーンで最も注目されるアーティストの一人、Tony Succar(トニー・スッカー)と、その母である Mimy Succar(ミミ・スッカー)。
トニーは2019年にラテン・グラミー賞を2部門で受賞、2025年の第67回グラミー賞でも「トロピカル・ラテン・アルバム部門」にノミネートされるなど、世界的な実績を誇る稀代のプロデューサー・打楽器奏者です。
「日本でのパフォーマンスは、僕たちにとって特別な帰郷なんだ」と語るトニー。その言葉通り、彼らの音楽は夢洲を訪れた多くの日本人の心に、不思議な懐かしさと共に深く突き刺さりました。
日本とペルー、二つのルーツ
彼らの音楽を語る上で欠かせないのが、日本との深い繋がりです。ミミは日系2世、トニーは日系3世。情熱的なサルサのリズムの中には、日本人の祖先が持ち込んだ感性と、ペルーの地で育まれた圧倒的な開放感が共存しています。
都会的なサルサにアンデスの旋律が混ざり合い、アフリカ由来の力強いリズムが土台を支える。そのスタイルは、万博が掲げた「いのち輝く未来社会のデザイン」とも響き合っていました。
視覚を奪う、極彩色の舞踏。
ホール外では、ペルー国立民俗舞踊団による華やかなパフォーマンスが繰り広げられました。一着一着が芸術品のような刺繍が施された衣装、くるくると回るスカートの裾、そして誇り高きダンサーたちの笑顔。
大屋根リングの下で行われたパレードでは、偶然通りかかった観客たちも、そのエネルギーに吸い寄せられるように足を止め、リズムに合わせて体を揺らしていました。夢洲が、たった数分間でリマ(ペルーの首都)の広場に変わったような錯覚を覚える、魔法のような時間でした。
音楽で繋がる、未来へのバトン。
あの日、ナショナルデーホールの扉を閉めた後も、耳の奥にはずっとリズムが残っていました。158カ国が参加したこの万博の中で、ペルー・ナショナルデーは間違いなく「最も温度の高い一日」の一つでした。
万博は終わりますが、ここで生まれた感動や、異なる文化への敬意は消えることはありません。この情熱の火は、きっと次の2027年横浜国際園芸博覧会、そしてその先の未来へと、形を変えて受け継がれていくはずです。
追加フォトギャラリー
記事本編で紹介しきれなかった、ペルーナショナルデーの記憶たち。タップまたはクリックで拡大表示できます。